熊木杏里「誕生日」母親の偉大さに気付かされる一曲

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思い出の1曲とプロフィール

1993年生まれ 大阪府在住 女性 主婦
熊木杏里「誕生日」

曲にまつわる思い出

この曲は、私にとってとても思い出深い曲です。

結婚式の時に、初めて両親宛に真剣に書いた手紙を読む時の歌として流しました。

この曲のサビのフレーズに、

おめでとう、今日まで辿り着いたんだよ
辛い事の方がよくあるけれど
ありがとう、理由は何も無いんだよ
あなたという人がいる事でいいんだよ

と言う所があります。私はこの曲を聴き、私はどれだけ母親に愛されてるかと思うと、凄く胸が苦しくなりました。

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私は中学時代の時に反抗期が始まり、学校も全く行かず髪の毛も染め、母親にもらった体にピアスをいっぱい開けたりしました。

母親は私の反抗期に向き合おうとしてくれたのですが、私が全く歩み寄らず、それは高校に入っても永遠に一方通行でした。

そして高校に入って、半年も経たないうちに高校を辞めてしまい、フラフラと遊ぶ毎日が続いていました。

そんな日々を過ごしてる内に17歳の頃に妊娠が分かりました。その時は当然反対され、私と現在の主人とで頭を下げ、父親にも頭を下げ許しを貰いました。

ですがが妊娠3ヶ月の頃、赤ちゃんが危ないと言われました。私は泣いて泣いて泣きじゃくって、母親にその事を告げれませんでしたもう、母親の傷つく顔が見たくなかったから…。

でもそんな思いも願わず、その数日後に流産をしてしまいました。

私は現実を受け止めれず、泣きながら母親に電話し初めてその事を告げました。母親も絶対に辛いはずだったのに、その時も母親は黙って私を迎えに来て、側でずっと私を支えてくれました。

そして両親と初めて離れ、全く知らない土地で主人と暮らし、新しい人生を送り始めました。

料理の事で分からないことがあれば母親にすぐ相談したり、全く知らない土地で知り合いも居ない虚しさと寂しさのあまり、泣きながら母親に電話した時も、ただ黙って頷いて話を聞いてくれました。

私が主人と喧嘩した時も、この母親の答えは正しいのかは分かりませんが、「どうしても辛かったら、帰っておいで。」と言ってくれました。

私は今まで、好き放題に人生を過ごしてきましたが、それでも母親はどんな私でも受け入れてくれて、結婚して離れた時に初めて、母親の偉大さに気付かされました。

そしてこの曲は、そんな母親の愛の偉大さが伝わる曲です。

 

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