無理して元気を装ってた自分に元気と勇気をもらえた曲 aiko「be master of life」

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思い出の1曲とプロフィール

1975年生まれ 和歌山県在住 男性 自営業
aiko「be master of life」

曲にまつわる思い出

この曲に救われ、未だに仕事やプライベートで嫌なことがあったり、疲れた時に元気をもらっています。

2000年の4月に待望の第一子(女の子)が、産まれる予定が、2カ月前の2月に嫁が破水し、急遽出産。1265グラムの未熟児で産まれ、まだ肺がきちんとできておらず、人口呼吸器を付けた状態で初対面。

それから毎日、家と病院の往復です。

半年後に気管に問題があり、片肺が機能しなくなっているため、手術が必要と言われました。あまり症例がないため、地元の病院では手術が無理できずに、大阪・神戸の病院をまわりました。

結果、神戸の病院で手術してもらうことが決まり、神戸の病院に転院しました。9時間に及ぶ大手術も無事に成功。

あとは、様子を見て退院する予定が、なかなか容態がよくならずに、片肺はなかなか閉じたまま。

それが一年続き、嫁も神戸に1人で住んでいました。毎日病院に通っていましたが、子供の容態がよくなりませんでした。毎日の病院の付き添いに疲労がたまり、ついに入院。

そのため僕は、仕事と嫁の病院の見舞いと、いつ退院できるかわからない状態の娘の病院通いの繰り返し。

ここで「僕が頑張らなくては」と頑張っていましたが、さすがに精神的にも体力的にも限界が来ていました。

どうしようもなく「もうダメだ」と思っていた時に、ちょうど車の中で、前から好きだったaikoの「夏服」を聴きながら、両方の病院の見舞い帰りにちょうどこの曲が流れてきました。

その歌詞にこうありました。

「あたしが そばにいてあげる ささいな事も言ってね明日も幸せになるように 後ろ振り向かずに歩くこと あたしは何があっても生きる」

と聴いた瞬間、1人で無理して元気を装っていた自分に気づき、車を止めて1人泣いていました。でもこの曲を聞いて、すごくaikoに元気と勇気をもらいました。

それから2カ月後に嫁は退院し、そのまた三か月後に子供もだいぶ回復して退院できました。

あれから約12年。月に一度の定期検診に行かなければいけないものの、元気で生活しています。

今は3人で力を合わせて、いいことも悪いこともあるけど、aikoのおかげで前向きに楽しく過ごせています。

今こうして明るく、楽しく前向きにいられるのは、aikoの「be master of life」のおかげです。

今は、家族3人aikoファンです。コンサートに行ってこの曲を歌うaikoを見ると、あの当時を思い出し、少し涙。あとはノリノリでaikoLIFEを楽しんでいます。