尾崎豊「大阪球場LIVE」若者の代弁者に酔いしれたライブ

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思い出のライブとプロフィール

1967年生まれ 和歌山県在住 女性 主婦
尾崎豊「大阪球場LIVE」
1985年8月25日 大阪球場

ライブにまつわる思い出

私が高校性だった頃、音楽好きの友人が尾崎豊のファーストアルバム「十七歳の地図」を学校に持って来たことがキッカケで、学校中に尾崎ファンが急増しました。

そんなときに尾崎豊が、大阪球場でコンサートを開催するという発表がありました。

なんとかして私もチケットを購入しようと努力しましたが、スタンド席しか確保出来ませんでした。それはまだましな方でチケットを手にすることが出来なかった友人も多くいました。

コンサート当日までの数週間は、頭の中が尾崎豊一色に染まり、その日を指折り数えて待ち続けました。そして、コンサート当日。なかなか満足に睡眠も取れず、コンサート会場に乗り込みました。

球場周辺にはコンサートが始まる数時間前にも関わらず、数千人のファンがたむろしていました。球場内からはリハーサルの音が大音量で聞こえ、否が応にも気分は最高潮になりました。

ファンの中では既にあちこちで、尾崎の歌を大合唱しているグループもありました。そして、ついに開場。座席は指定席ではありましたが、みんなが自分の席をめがけて走り込んで行きました。

そしてコンサートが開演、全員が総立ちになり、オープニングは「米軍キャンプ」。続いて「Driving All Night」。私はこの2曲で完全に舞い上がってしまいました。

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自身の席からは尾崎豊は豆粒ぐらいにしか見えません。大型モニターが何台も設置されていたため、そのモニターを通してですが、生で尾崎豊に会えたことに大感動でした。

その後、大好きな「ダンスホール」などの曲にも酔いしれました。周りの人も同じように男女の分け隔てなく、尾崎豊というミュージシャンに陶酔していました。

そしてコンサートもアンコールとなります。尾崎豊の曲の中で一番大好きな「I LOVE YOU」の演奏が始まった時点で、周りのほとんどの女の子は泣いていました。私も知らない間に、涙が頬を流れていました。

そして、球場内は大合唱となり大感動の中、コンサートは幕を閉じました。コンサート終了後は、心地よい疲労感に包まれて自宅へ帰りました。

中学、高校生の時に、学歴だけで人間を分別するような風潮があり、落ちこぼれた人間は人格まで否定されるような時代。尾崎の曲はストレートに、私たちの心に飛び込んできました。

本当に若者の代弁者であった気がします。これからも尾崎豊は私の心の中で生き続けていくでしょう。

 

OSAKA STADIUM on August 25th in 1985 VOL.1

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