大人になる苦しみを感じる曲 尾崎豊「僕が僕であるために」

スポンサーリンク

思い出の1曲とプロフィール

1966年生まれ 和歌山県在住 女性 主婦
尾崎豊「僕が僕であるために」

曲にまつわる思い出

私が尾崎豊に出会ったのは高校生の時でした。世間の誰もが一度は経験する反抗期の真っ只中にいました。何をしてもおもしろくない。「勉強しろ、有名な高校や大学に入らないと一流会社にも入れない。それが出来なかったら結局負けの人生が待っている」みたいな説教を親から毎日聞かされていました。

そのむしゃくしゃした思いをかき消すかのように、尾崎豊のメロディーは私の心にストレートに飛び込んできました。そして、その音楽を聴いていることだけが、幸せと呼べる時間となっていました。

その当時、日本各地では校内暴力(高校教師への暴力、窓ガラスなどの破壊、校舎への落書き等)などが頻繁に発生して社会問題になっていました。私自身も尾崎豊を部屋で大音量で聞いていることが、社会や親に対するささやかな声なき反抗でした。

その後、社会人となり、やっと、両親が言っていた話も次第に受け入れられるようになりました。尾崎豊の歌には、激しい社会等への反抗の意味を込めたものもありますが、人生をどう生きていくのかを説いた歌も多いです。私はその中で一番気に入っているのが「僕が僕であるために」です。

社会人となり親元を離れて生活が始まり、ふと部屋の窓の外の夕焼けを見たときの、これからスタートする社会人としての期待と不安が入り交じり、この歌を聞いてなぜか涙が出てきました。

「心すれちがう悲しい生き様にため息もらしていた。
だけど この目に映る この街で僕はずっと生きてゆかなければ・・・。」

今まで社会に背を向けて「小さい頃から大学まで貴重な時間を勉強だけに費やして、もっとやることがあるだろう。有名な大学出て有名な会社に入って、そのあと、何があるんだ」と思っていました。

しかし、いざ自分が社会人になり、生きていくためには、今までの考えでは駄目だと気付きました。

「僕が僕であるために勝ち続けなきゃならない 正しいものは何なのか それがこの胸に解るまで 僕は街にのまれて 少し心許しながら この冷たい街の風に歌い続けてる」

この歌詞の一節からも尾崎豊も私達と同様に大人になる苦しみを感じていたのかもしれません。

私自身もまだ答えは出せていませんが、学生時代に尾崎豊のこの曲に出会えたことに感謝し、これからの人生もこの曲を聞いて自身に問いかけていきたいと思います。