母の人生とともに。家族全員の思い出の1曲 美空ひばり「川の流れのように」

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思い出の1曲とプロフィール

1967年生まれ 神奈川県在住 女性 会社員
美空ひばり「川の流れのように」

曲にまつわる思い出

私が物心ついたころから、母が美空ひばりさんのファンで毎日レコードを聞きながら一緒に歌って、そのうち、自分も兄弟も歌うのが当たり前の生活になっていました。

レコードに針を置いて、少し間があってから、前奏が流れて、ひばりさん特有の声が聞こえて、あの感覚は現在、平成の時代になったら味わえないものを味わっていたのだなって改めて思うことがあります。

ひばりさんの曲はたくさんあり、自分なりに好きな曲もありますが、やはり、生涯最後のシングルとして、リリースされた川の流れのようには名曲だと思います。

ちょうど、ひばりさんが急な病に見舞われて、体調が芳しくない状態にも関わらずこの曲を世に出してくれました。まさに、ご自分の人生そのものを歌いこんでいるのかな?と言う錯覚さえ覚えるような本当に奥深い歌だと思います。

それから体調を崩され、コンサートも途中まで出演するものの、続行不可能のためコンサートを中止せざる終えない。みんなでひばりさんの不死鳥伝説に期待をし、だれもが復活を願っていました。

しかし病には勝てずに他界されたときに、母が、外で大声で泣き叫んでいる声がして、20数年経ったいまでも忘れることができない声です。本当に辛かったんだなって、本当に大好きだったからこそ、悲しかったんだなって。

そのあと、母が私たちの前で、突然ひばりさんの歌を聞くことはなく、そして歌うことをしなくなりました。なぜ?なのかなって思ってはいましたが、母は母なりの何かケジメを付けたのかな?と深くは追求しないでいました。

ひばりさんの3回忌が終わった日、とつぜん、カセットを出してきて、デッキに入れたと思ったら、川の流れのようにを聞き出したのです。

え?!なぜ、いま突然聞くのか?訳がわかりませんでしたが、一緒にひばりさんと歌いだしました。私たちも久しぶりに聞く母の声とひばりさんの声。

あ~、懐かしいな~って、間奏中に母が、ひばりちゃんの3回忌までは自分なりに喪に伏せていたけれど今日で、喪はあけさせてもらって、今まで歌わなかった分沢山歌うから聞いていてねって、その日だけで声が枯れるほど何十回も川の流れのようにを歌っていました。

3年前に、母が他界しました。母の要望で、川の流れのようにを出棺の時に流してくれといわれていたのでもちろん流しました。私たちはもう、涙が止まらなくて、止まらなくて、母もひばりさんに会えればいいねって。