前川清「そして、神戸」当たり前という喜びを教えてくれた一曲

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思い出の1曲とプロフィール

1977年生まれ 兵庫県在住 男性 自営業
前川清「そして、神戸」

曲にまつわる思い出

高校生の頃、姫路から神戸市内の学校に通っていました。朝は満員電車に揺られて明石を通り、神戸まで行く。そして帰りもまた同じ通学路で家に帰ってきていました。

私が入学した頃は確か、明石海峡には何もありませんでした。

今でこそ明石海峡大橋のアンカレイジ(両岸にある巨大なコンクリートブロック、橋台)が神戸側と淡路側に1つずつ設置されていて大きな吊り橋がかかっていますが、入学当時はまだ工事が始まって間もない頃で、電車から見える風景はいつもおだやかな瀬戸内海だけでした。

朝、電車に乗って神戸に行くときに、頭の中で前川清さんの「そして、神戸」がかかっていました。

当時は15〜16歳でしたから、歌詞の意味なんてよく分かっていません。とにかく前川清さんの「こぉ~べぇ~」の歌声が頭に焼き付いていて、電車に乗っていると、何度も何度もエンドレスでかかっていました。

「今から神戸の学校でお勉強かあ、嫌だなぁ。」という心境も混じっていだのだと思います。

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credit: plattbridger via FindCC

そして高校2年生のときに、阪神淡路大震災が起きました。それまで何も考えずにボーッと生きていた私でさえ、あの震災のときには色々考えさせられました。

友人が火災で亡くなり、家を失い仮設住宅で暮らす友人もいました。学校もしばらくは休校で、私は自宅待機をしていました。

そのあと学校が再開され、また電車に乗ってまた通学するようになりました。「そして、神戸」が私の心の中でジーンと響き、本当に良い歌だなぁ、と思い始めたのはその頃からです。

毎日、何も考えることなくボーッと瀬戸内海を見ながら神戸に行くことが当たり前になっていた私に、実は神戸に行くことができるのは幸せなことなんだよ、とこの曲に教えてもらったような気がします。

その年の大晦日の紅白歌合戦で、前川清さんが「そして、神戸」を被災者に向けて歌ったのを聞いた時は、これまでの色々な思いがこみ上げてきて、思わず泣いてしまいました。

「神戸 泣いて どうなるのか」の歌詞が、身に染みます。

今でも電車に乗って、穏やかな瀬戸内海と明石海峡大橋を眺めながら神戸に行くことがありますが、高校生の頃と変わりません。やっぱりこの歌が頭の中に響きます。

橋が完成したので瀬戸内海の風景は変わっていますが、きっといつまでもこの歌が、私が神戸へ行くときのテーマ曲なのだろうなと思います。